なぜオッサンである俺は中小企業診断士を目指したのか
2023年12月10日nagaiさんのアドベントカレンダースペシャル
auther:KD

イントロ
全体、長文注意😁このブログ、90年代から細々と自分の日記として書いてるけど、nagaiさんの動きにリスペクトして、23年12月のアドベントカレンダーに参加。せっかくなので書いとくぞ、という感じ。内容は中小企業診断士に絡む件を中心にご自由にどうぞ、というもの。賛同。なので自分のことを纏めて書いとこう。一度診断士をあきらめた人が、もう一度挑戦しようと思って頂ければ。
世の中、こんなオッサンだらけだと思います。これを読めば、なぜ診断士試験会場はオッサンだらけなのか理解できます(誰トク?😇
アドベントカレンダーへのリンク
結論
そうです。ビジネスレポートは結論から書きましょうね。結論:色々あるが、自分のスキルを公式化し、将来どういう仕事をしたいかを考えたらこれ一択だった。
①以下に自己紹介を書くが、無駄なまでに様々な経験を持ち、ビジネススキルも一定以上あると自分で信じたい(へんなところで自信家?)が、公式化する手段を必要とした。
②それらスキルを活かして、いろいろ仕事をしていくにはどうやらMBAよりも中小企業診断士の方がよさそうだと感じた(死ぬ前でないと結論はわからん)
③1次試験の7科目は全般的に、得意分野が多そうだと勝手に思った(が現実は厳しい)。30歳のころ、一度勉強を始めたが仕事が忙しすぎてあっさり断念。趣味も忙しくって(言い訳)
④ついでに、今の仕事を退職したあとに仕事をするとしたら、やっぱり経営に関与したいという想いが強かった。
⑤父が診断士で、仕事を66歳頃に終えて地域の協会に名前だけ登録しておいたら、70歳過ぎまで結局仕事をした。仕事としてやりがいがありそうと感じた。しかも70歳で1年間、県の中小企業局に常勤だったなあ。
とまあ、そんなこんなで診断士資格を取ろうとしたわけですよ。⑤に当てはまる人は少なそうだな。
自己紹介
このページ、ブログの一部にしているので簡単に。・大手製造業に勤務、55歳の4月から役職定年で関係会社に行って登記(ありがち)
・1968年愛知の田原生まれ、記述時点で55歳
・居住地は愛知(田原)→東京(練馬)→三重(員弁)→北九州市門司区→長崎→以降会社経歴へ
・仕事上の経歴
22歳:福岡、九州の営業拠点で生産財営業 ルート営業+飛び込み
30歳:2年間の労働組合専従
32歳:生産財営業部門内とりまとめスタッフ+飛び込み営業
39歳:ここから単身赴任:東京で生産財営業部門とりまとめスタッフ
42歳:デジタルマーケティング+インサイドセールスのアウトバウンド部隊の設立
45歳:名古屋で生産財営業部門内とりまとめスタッフ
48歳:東京、コーポレートで関係会社管理(財務、営業成績、投資、企業価値、資産他管理)
同じくここから3年間、出資しているプライム上場企業の社外監査役
50歳:北海道で生産財営業
52歳:3回目の東京、事業部門でデジマ+インサイドセールス+業務改善+生産財BtoBのEC
55歳:単身赴任完了(16年半!)イマココ 役職定年と同時に元の会社を定年退職、製造子会社でマーケ、営業責任者
現在:新製品マーケティング、チームの教育、海外商流活用による海外での販売拡大、等で奮戦中😤
カッコだけつけて書くと、生産財マーケティング、営業実務、SCM、商流戦略、デジタルマーケティング、インサイドセールス、(総じてMA)、コールセンター構築運営、財務、MandA、企業役員経験、賃金・資格制度体系構築、チームビルディングなど、いくらでも書けるなあ。笑 海外はまだ語れるレベルにないね。
自身の診断士試験の状況サマリー
2018:なんとか1次5科目合格2019:1次2科目を取るも2次はCCAA
2020:まあまあの自信だったがCAAAの総合Bで残念ながら死亡😇
2021:1次7科目を無駄に高得点通過 2次CABBで無事死亡😇
2022:なんとかAAABで合格
2021は、なんだか2次試験で気が抜けてしまい残念だったな。それ以上に残念だったのは、事例Ⅰが3年連続Cだったこと。とほほ。
直接のきっかけと勉強のスタート
結論:勉強を再スタートさせたのは、会社で一定以上出世しないだろうと悟ったから。49歳の時だったかな、東京でコーポレートスタッフだった時。丸2年経過する寸前、人事異動の内示の季節。このままこのスタッフだったら、この後特段の出世はないだろうなと自覚。結果、そのままだった。会社にぶら下がっていても将来はないということで、30歳のころに考えていた中小企業診断士か、グロービスのMBAコースに行こうかと考えた。が、2月の話なのでグロービスは1月に入学試験。タイミングを逃したし、周りのグロービスMBAの人々が何故か診断士を取るという流れもあり、思い切って診断士試験に参入することにした。
これは、これだけ謎の経歴を積み上げてきてもなかなか会社も評価してくれないし(まあ実力もこんなもんだし、ここから上は狭き門だし)、周りには仕事しない宣言😁をして勉強したろ!という流れを思い切って作ることに。人によって色々だが、俺の場合は家族には付き合いが悪くなること、会社では資格試験に没頭するから早朝に仕事して夕方は定時きっかりで帰ることとできるだけ飲み会は回避すること、会社の自転車部(レース走ってました)には休業宣言、等々、周りに仁義を切って環境を作ると同時に退路を断つことにした。環境は自分で作らないとね。あ、他の方々との違いは、この時点で既に子供たちは学校を出て自活していたことで、さらに23年現在はみんな結婚してしまったし。子供たちの進路どうのこうの、ってのがない。
自分のブログを見ていたら、どうやら2018年3月12日から勉強をスタートしたみたい。
自分用に過去へのリンク(すみません、テキストデータと謎のフォーマットにしているのでスマホで読みにくいです)
しかし多くの人はこんな理由で勉強をするわけではないだろうなあ。笑
一次試験時点での勉強方法
結論:診断士ゼミナールのマツナガ先生に感謝勉強に参入するにあたり、完全独学も一つの手段だが、「どうやって続けるか」を考えると課題が降ってくる方が効率がよさそうだと考えた。TAC、LEC、スタディング、その他いくつかありそうなのだが、いろんなブログを読み漁ると意外に診断士ゼミナール(以下診ゼミ)のパワポ系動画をとつとつとやる感じがわかりやすいぞ、と情報が複数。
診ゼミ、ちょっと動画のダウンロードがめんどくさいのだが、それはよいとして。程よい量で分けられた動画たちを見ていく。診ゼミに関わらず、どんな本でもきちんと覚えるべき内容は記述されているわけだが、理論を簡単にどう説明するかにおいて診ゼミは結果としてとてもよかった。最終的なまとめはTACのスピードテキストが理想的と思うのだが、あそこから理論を理解するのは多分難しいので、その前段が必要なのだが、そこに長けているのが診断士ゼミナールだね、という実感。各科目それぞれだが、特に経済学で「なんでそうなるの?」という人は、診ゼミをお勧めしたい。殆どのメンドクサイ概念が出来る限り平易に説明されているからね。マツナガ先生のしゃべりもグー。
具体的な診ゼミでの勉強方法は、夜に動画を1.7倍の速度で視聴、ポイントや暗記すべき部分をノートにメモって行き、1科目終わったところでそのメモからiPhoneのアプリである「暗記カードプラス」に入れて隙間時間でテスト、暗記していくというもの。また、いったんメモを起こした動画は翌日はiPhoneで通勤中や昼休みに動画を見て内容を想起。
また診ゼミでは5年分の過去問と回答、その解説がついているので、ぐるぐる回したって感じ。
なおほらっち先生の動画なども見て補完したり。
勉強の環境やパターン
結論:仕事、趣味を削減俺の場合は単身赴任の一人暮らしで、また仕事、遊びとも思い切って切り分けたこともあり、勉強中心の生活を自由に構築できるメリットがあった。一般の方々はこれが難しいよねぇ。1次試験開始時点では船橋市に住んでた。続いて北海道、また船橋。
平日
4:30 起床、朝食、グルーミング(出社準備完了)
5:30 勉強
7:00 家を出発、総武線快速で動画
8:00 会社で業務開始
17:30 とっとと業務終了、総武線快速で動画
18:30 帰宅、自炊
19:30 何らかのスポーツ30分、シャワー
20:30 勉強2時間
23:00ごろ 就寝
休日はAM2時間、PM3時間、夕刻2時間の勉強を維持。
…と書いたものの、実際は公式な会食もあるし、遊びたい日もあるし、これを実現できたのは8割くらいの日程ではないかな。これも診ゼミの進捗率(動画の数で管理)がわかっていたことも大きいね。
ってことなので、若干のゆるさを持ちつつ、2018年3月から、まさかその後5年に及ぶ勉強生活に入るとは思わなかったが、入っちゃったのだなあ。(今考えると18年3月~22年10月の、4年半だね)
頭脳と健康とモチベーションの維持
結論:有酸素とプロテインで、健康+ストイックさを維持 更に人と会わなくてもきちんと毎日自身を整えるもともと趣味がすごく多くて。基本はスノーボード、ロードバイク、MTB、音楽全般(聴くし作るし)+ギター、ラン、って感じ?結局試験に合格するまで、最低限の対応にした。楽器は隙間時間。スノーボードは、まあ毎年の試験ののちの冬の間は雪山にはまあまあ通い、2-3月からはがっつり勉強入れてたな。しかし自転車のレースは結局その後2-3回しか出ていないし、そもそもそれまで月間数百キロはバイク(チャリね)で走っていたのを一切やめてしまった。そうなると体型の維持やら、大変。
しかし、脳の能力を維持するには、脳内の血流を維持し続けることが肝要。結果として週2-3回は30分ローラー台に乗るかランに出掛け、そうでない日はある程度の筋トレを継続してきた。筋トレは狙った筋肉中心の効果であり、全身に効くのはやっぱり有酸素。これで50代にしては?記憶力、思考力はまあまあ維持されていたのではないか。(もちろん筋肉があると代謝も高くなるし、またスポーツ継続がしやすいので可能なら行うべき)
またそれまでのトレーニング量をばさっと削ってしまうので太る。そうしないためにGI値が低い食べ物から食べていくこと、炭水化物を少な目だが決して脳の栄養を切らさないぐらいに抑えることを徹底。体重は毎日計測。加えて、たんぱく質+ビタミン摂取により脳の活性化が見られるというエビデンス(子供はIQが向上)があり、もともと朝晩はプロテインを飲んできていたが(たぶんGI値抑制にも効果)、ビタミンとコエンザイムを加えて摂取。花粉症やら疲れやらで頭の中にカスミが掛ったようなことが過去あったが、それがなくなった。(腎臓の数値がよくない人は慎重に導入を!)
お陰様で、体重はレースを走っていたころをほぼ維持出来てるかなあ。でも以前ロードバイクで1日150km走っていたのに、今は半分でしんどそう。年齢もあるかあ。
もう一つ。土日や、在宅勤務の時も一定の時間にきちんと起きて食事をし、誰とも会わないのにある程度おしゃれ?な服装をし、グルーミングをして身辺を整え、フレグランスを使ってモチベーションを上げる。たったそれだけで、なんだか1日が健やかに過ごせるってもんです。お試しあれ。
あ。一時期、3か月程度のプチグルテンフリーもやってみたが、ついお菓子食べたりしちゃって完全に小麦粉を排除するのは難しく、また3か月程度ではダメなのかなあ、特段自分の場合は変化まで到達できなかったかな。
2次試験対策は
結論:江口先生ありがとう事例Ⅱは、今あるリソースと使える外部資源を、だなどこを明確にして行けば基本書ける。登場人物が多いので整理が大変。
事例Ⅲは、そもそも問題点が沢山書いてあるので、基本的なセオリーで対応していけばいい。計画係と工作係のどちらに言うかがあるので切り分けが大事。
事例Ⅳは、4回受けた最後の2回ずっこけたが、まあ基本的な計算に加えて経営分析、文字問題をきちんとこなせればOK。
しかし...事例Ⅰ!事例Ⅰ!事例Ⅰ!そう、俺は事例Ⅰが3年連続Cな、事例Ⅰ難民だった。それは、何かで読んだ「与件、設問に忠実に」みたいな文言を変にうのみにしてしまい、なんとか書いてある与件からひねくりだそうとして、違うことを書いていた。ところがそうではないことが4回目にしてわかった。
それを教えてくれたのは、他でもないEBAの江口先生である。
その日から俺にとって事例Ⅰは理論を明確にして、その理論を暗記して対応すればよいだけの事例になった。
と、偉そうに書いているが実際は必死だったな。3年やって特に事例Ⅰが弱点であることはわかっていたので、Twitter他で情報を集めEBAに入った。たまたま、俺が受けたR4はEBA勢に不利になったと言われたが、俺はそうも思ってなくて。
ってことで偉そうに書けたものではないが、1次試験の7科目は一部難しい理論があるも、その理論を誰かにきちんと教えてもらい、暗記項目を整理してアンキパンを食べ続け、法務のややこしい日本語は過去問で慣れ、計算問題を沢山やって時間を掛ければ何とかなる(理論が理解できない場合は厳しいので何とかするべし)。
2次試験はある程度の量をこなしつつも、そのポイントをきちんと押さえて行けば、実はもう少し早く脱出できたのになあ、と今更思う。2年目にEBA入っておけばよかったなあ。と言っても仕方がない、これが実力だっただけのこと。
もう一つ。タキプロの活用もお勧め。実のところ、タキプロと中小企業診断士一発合格道場を「ブログとして」読んでいた。これらは色んな示唆があり、習慣として読むべきだと思っていた。息抜きにもなり、楽しかった。ところが、やっているのは知っていたが参加したことがなかったのが勉強会。とりあえずR4に合格して、しばらくしたら勉強仲間のとみたさんからメッセージが。「タキプロのオンライン勉強会で人が足りない期間があるから参加しなさい」とのご指示。笑
タキプロはこちら
タキプロのキモは、勉強会だ。タキプロは、みんな1次も2次も一回でクリアして若くてカッコよくてクールでスマートな合格者(に加えて、我々多年度のオッサンもいるよ)達が、実は裏でみんなで一生懸命に準備して運営しているボランティア受験機関。X(Twitter)上でも色んなつながりが出来て有難かったが、このタキプロ上でも色んな人と接点が出来るので、活用しない手はないとマジで思う。独学で遠回りするより、ここでポイントを教えてもらうのはありだと純粋に思ったなあ。
逆に、千葉から福岡に来てしまってさあどうしたものか、と思っていたら、タキメン福岡組の皆さんと仲良くしてもらって、情報交換が出来ている。合格後にも活きると実感。ぜひ、タキプロのWeb勉強会はチェックを。
悩める今後の展望
結論:迷える55歳🥰(まだ結論出てません)R4の試験で合格し、R5年5月に診断士登録された。15日間の実務補習はとてもためになったし仲間も出来た。加えて、自分が培ってきたビジネススキルでいろんなことをリードできることもわかり、自信になった。ここから楽しみ且つ不安が色々広がっていて、四捨五入60歳になった今もドキドキ出来るので、楽しい。
企業内診断士なので、資格の維持が少し大変かな、というイメージはある。計画的に作戦を練っているところ。
また現在福岡に住んでいるが、3月まで船橋に居たために実務補習を受けた千葉の診断士協会に入らず、福岡に来てしまった。どのタイミングで入会するか等、今後を考えて行動せねばならない。福岡は診断士の数が多いため、かなり自分で営業していかないと仕事も取れないだろうと認識。今から土台を作っていく必要がある。またそのために開業しておくことも視野に入れつつ、現在は副業できないためそのあたりの折り合いをどうつけるかを考えねばならない(副業理由は色々考えてるけどね)。
若い皆さんなら、色々な資格を取ることで今後の仕事、人生での選択肢が増える。それが収入につながる。モチベーションが上がる。診断士のみならず、簿記1、宅建、その他色々と持つことは有意だ。
しかし我々オッサンはそうではない。先が見えているから。今から何かを取っても、それらが優位に機能するかは何とも言えない。特に老後の労働市場で、それを取ることによって明らかに収入に直結するかは難しいかもしれない。なので比較的関連性の高い事業承継アドバイザーやキャリアコンサルタントなどを持っておくかどうかだな。
今悩んでいるのは、今から腰を上げてグロービスに行くかどうかだな。今までは、迷ったら実行する方向で、という人生を送ってきたんだけど、3百万掛けてMBAを名乗ること、新たな知見を得ること、それが収入につながるかどうか、という点がバランスしないのだろうな、と思ったり。24年1月の試験までには結論が出ないのでもう1年考えてみようかな。日本ではMBA持っててもあまり重宝されないんだよな。どこかの会社に顧問でもぐりこむ時に活きるかどうか。
本音は、勉強したいならすればいいじゃないか、と思ったりするが...
最後に、勉強しているオッサン同志各位
我々はオッサンなので、診断士資格は若い方々と違って「キャリア形成、ステップアップ」「大きな人生の転換点」にはなり得ないかもしれません。また自分の場合は資格を取って、企業内診断士としての活動なので、現時点で何か大きな変化があったかというと、今のところはありません。しかし...・名刺に中小企業診断士と入れておくと、取引先・仕入先から一歩突っ込んだ相談が来てWin-winの関係性構築が可能
・開業検討など、いい意味で今後の自身の在り方を見つめなおす機会の増加
・キャリアを活かし地域での診断士活動での貢献
・結果として収入の継続
など、まだまだ可能性が広がることを感じてますね。個人的には資産もあるので老後FIREで仕事をしない選択肢も持ってますが、それでも何かやったろう!と思いますもん。労働人口減少の折、我々オッサンは頑張らねばならんのです🤓
共に頑張りましょう。
この長文なのにここまで到達された方がどれくらいおられるか謎ではございますが、読んでいただきありがとうございました。
-KD